石山離宮 五足のくつ(熊本・天草)


 熊本県は天草諸島にある全室離れの宿。場所が場所だけにアクセスはそれなりに大変ですが、この景観と宿自体の質感はその労苦の見返りとして補って余りある素晴らしさです。





 大分の黒川温泉から車にて天草へ移動したのですが、とにかく遠いこと遠いこと・・・。天草に入ってからもかなり距離があり、本当に着くのかと不安になりつつ、天草五橋・天草パールラインをひた走り、なんとか夕刻に着いたのでした。


 天草という街は、それなりに栄えており、お店も結構な数がある賑やかな街でした。天草と言えば、天草四郎が有名ですが、近海にイルカが多数生息しているようで、イルカウォッチングも有名だったりもします。国道沿いには、イルカウォッチングを行っている物産展や飲食店も多数あり、観光資源として活用しているようです。


 さて、宿はというと、国民宿舎「あまくさ荘」の奥、山の中腹にあります。この場所にこれだけの施設をゼロから建てるというのは、かなりの苦労と決断がいったのではないでしょうか・・・。まずはそれだけでも敬服です。

 九州本島からのアクセスの悪さ(というよりも距離の遠さ)に高台に位置する立地条件だけのことあり、その景観は抜群です。眼前が東シナ海という立地条件をフルに有効活用されています。一面が夕陽に染まる眼前の海を一目見れば、ここにたどり着くまでの労苦なんて吹っ飛んでしまいます。それほどに夕暮れ時の景観は素晴らしく、またロマンティックなものでした。


 幹線道路から宿へ至る道は、かなりの急勾配です。排気量1300ccのレンタカーで登れるのかと一抹の不安を覚えつつもなんとか登りきり、駐車場へと車を滑らしました。すると、そこには既にスタッフの女性が待機しており、おもむろに車に近寄ってきます。訪れた時期はまだまだ暑い8月下旬・・・この女性スタッフはずっと駐車場で待機されているようで、額には大粒の汗が浮かんでいます。本当にご苦労様です。

 名前を告げると他の男性スタッフも奥から出てきて、すばやく荷物を預かってくれます。また、車もスタッフの方が駐車してくださるとのことなのでそちらにお願いし、宿へと向かいます。

 宿の入り口は石壁の門があり、雰囲気を醸し出しています。緑豊かな石階段を抜けると、レセプションカウンターのある母屋が見えてきました。この母屋は、チェックイン・アウト意外にも土産物コーナーとバー(翌朝は喫茶になるとの事)、更にはライブラリーが入っており、滞在中何かとお世話になりました。

 因みに、ライブラリーには雑誌・小説・写真集などオーナーの趣味が色濃く反映された本や、DVD等も揃っており、部屋へ持ち出して鑑賞できます。

 オーナーと言えば、下田温泉の伊賀屋経営されている方で、アマンリゾートに多大な感銘を受けてこの宿を立ち上げたなんて話をどこかで聞いた事があります。


 さて、レセプションカウンターへと通されると、お着きのお菓子として冷たいお茶と梨のソルベが供されます。暑さと長時間運転で疲れきっていた自分には、何ともありがたいものでした。

 一通り説明を受け、各種事務的な手続きを済ませるといよいよ部屋へと案内されます。

 今回利用したのは、villasBの1という部屋(離れなので棟)。この宿は全室離れ・部屋露天付なのです。部屋種はABCと3グレードに分かれており、それぞれ間取りや広さ、部屋からの眺望などの違いがあるようです。基本的にC・A・Bの順で値段が高いようですが、Aより高いBの部屋もあります。風呂から海が見えるか否かによって、価格分けされているようです。また、villasCですが、こちらは数年前に新たに設けられたグレードであり、値段的にも間取り的にもABとは別格のようです。専用のレセプションや食事処を備えており、またABよりも高台に位置するため眺望も格段に良いのでしょう。ABとの差別化が図られています。

 残念ながら、今回のB−1では風呂からは海は見えませんが、それでも部屋からは眼前に東シナ海が広がるロケーション。個人的にはこれだけでも十分でありました。


 さて、部屋に通されると、まずは1階玄関入ってすぐにリビングがあります。この建物はメゾネットタイプで、基本的に2階のリビングをメインに使用することを想定されているようで、1階のリビングには14インチの液晶TVと大きな机があるだけです。大人数での利用ならこの1階のリビングも使用することになるかもしれませんが、自分のような2名利用ではまず1階のリビングを使用することはないでしょう。なんとも勿体無い話ではありますが・・・。

 1階にはその他にダブルシンクの洗面所、トイレ、内風呂、部屋付の露天風呂があります。ここの温泉はどうやら鉄分が非常に強い泉質のようで、お湯の色も赤茶色をしています。金属アレルギー等がある方は、事前に相性を確認したほうがよいかもしれません。


 さて、続いては2階へと向かいます。が、階段の天井が一部非常に低くなっており、身長180cm以上ある自分は、滞在中何度か頭をぶつけることになるのでした。なお、この階段にもステンドグラスが埋め込まれており、雰囲気を醸し出しています。

 2階には広めのリビングが1部屋あるだけです。リビングの半分は一段上がった造りになっており、琉球畳の和スペースとなっています。最初からそのスペースに布団が引いてありました。リビング部は、ソファと椅子が計3脚あり、冷蔵庫やTV、DVDプレーヤー等が配されています。

 また、部屋の外にはちょっとしたバルコニーがあり、眼前には東シナ海が一面に広がります。バルコニーに出てみると、目の前に広がる海を遮る形で1棟の建物があります。どうやら、これが食事処の「邪宗門」のようです。入り口付近では、スタッフの方がせわしなく夕食の準備をしています。部屋から近いのは便利なのですが、部屋が食事処のエントランスのまん前であることに加え、その邪宗門のすぐ脇が駐車場から宿へのメインエントランスになっており、プライバシーはかなり無いといった印象です。折角の眺望ですが、そうした事情のため、部屋のカーテンを全開にすることは出来ませんでした。残念。

 また、バルコニーに出ると、建物脇の横っちょからなにやら声が聞こえてきます。どうやら、すぐ横がB−2の建物になっており、そちらの部屋露天が自分のいる建物のすぐ脇(つまり、B−1とB−2の間)に位置しているため、お隣の方のお風呂での会話が聞こえてきたようです。一応植栽による目隠しがありますので、隣から見えることはないかとは思いますが、会話は丸聞こえになってしまうようです。


 室内探索が一段落つくと、部屋露天へと向かいます。泉質は前述の通り鉄分が強いようです。また、湯温はかなり低めで、長風呂にもってこいではあります。が、こうして風呂に入ってみると、改めて「風呂に浸かりながら夕陽に染まる海が見れたらなー」などと思ってしまいました。これが数千円の差ということでしょうか(今回はこのタイプの部屋しか空きがなかったので諦めもつきますが)。


 さて、風呂から上がると陽もだいぶ傾いてきており、目の前の海は夕陽で真っ赤に染まってきました。そして丁度お腹も空いてきたということで、部屋のすぐ目の前に位置する食事処「邪宗門」へと向かいます。

 この宿のポイントの一つが、食事時間を18時から22時の好きな時間にとれることでしょう。これだけ時間的な選択幅を広く持たせているのに、しかも事前の時間予約制ではないので、気が向いた時に食事処へ行けばいいというのは素晴らしいです。多くの宿でみられるような、チェックイン時に夕食時間の指定をしなければならないシステムだと、どうしても部屋に入ってから夕食までのひと時が落ちつかないんです、僕の場合。行動全てを夕食基準にして、全てを時間の逆算で動いてしまって・・・。



 大変美味しく食事をいただいた後は、バーへ行ってみました。バーテンダーの方は若い女性従業員の方でした。他にお客さんもおらず、貸切状態で色々とお話しながらお酒を頂く事ができました。

 僕はウイスキーの中でもアイラが好きなのですが、ボウモアとラガブリンあたりはきちんと置いてありました。また、カクテルをお願いすると、わからないものは一度奥へ引っ込んで、何やら他の従業員の方やインターネットにて調べ物をしてから、極力オーダーに応えてくださいます。気取らず肩肘張らずの接客姿勢に、非常に好印象を持ちました。

 さて、上で貸切状態と書きましたが、バーに居ると確かに他の宿泊者の方が入ってくるのですが、バーには寄らず、さらに奥へと消えていきます。従業員の方に尋ねると、どうやらvillasAに行くには、このバーが入っている建物を通っていかないとならないそうで。納得。


 バーで楽しいひと時を過ごした後は、ライブラリーを物色してみたりもしました。天草ゆかりの書籍や写真集、車やインテリア系の本等が多かったです。雑誌も、車系のもの(CGやらNAVIのようなものから特定車種の書籍まで)や東京カレンダーまでなんでもありでした。

 因みに、このバーは翌朝はカフェとして営業しているようです。残念ながら、時間がなくて利用できませんでしたが・・・。


 

 全体的にハイセンスなインテリア・雰囲気で統一されており、その徹底ぶりにはただただ脱帽ものです。ここが日本であることをほんのつかの間でも忘れてしまう、などといったら言い過ぎでしょうか・・・?

 確かにアクセスの悪さはどうしても感じてしまいましたが、少なくともこの立地と景観、天草の海が夕陽に染まる黄昏時の景色を見てしまうと、宿へのアクセスの悪さも納得してしまいます。

 従業員の方の接客も、付かず離れずの適度な距離感でありながら、時折見せる一生懸命さやひたむきさによって、ただ「冷たい」「事務的」なものに終始することなく、非常に居心地を良くしてくれます。


 敢えて不満点をあげるなら、部屋の冷蔵庫内の飲み物の価格設定がかなり高め(缶ビールが800円近かったと記憶しています)なのと、部屋のお茶セットにコーヒー位置いて欲しかったという点位でしょうか・・・。


 とにかくこの立地(アクセスの悪さ、山の中腹・急斜面)にゼロから施設を作ってしまったその行動力と選球眼に拍手!高台にあるため、車の走行音等も殆ど聞こえず、非常に静かな環境です。

 ただ、敷地内は高低差・段差があるため、施設間の移動は多少し辛いかも。

 また、敷地内の夜間の照明が非常に暗いため、もうちょっと足元に照明をつけてもいいのでは?と感じました。



 利用時もまだ色々と敷地内に新たな施設を造られているようでしたし、構想もあれこれとあるようで、現在進行形で進化していくこの宿、今後も目が離せません。

 距離的なことを考えると、そうそう簡単には訪れることが出来ませんが、「いつかまた」と心に誓いつつ、宿を後にしたのでした。


入り口の石門



敷地内は野趣溢れるアプローチ



眼前は一面の海



今回利用したVillaB-1






入ってすぐにある1Fのリビング



Fのリビング



リビングから一間続きで寝室






大きな窓で開放感があります。眼前は海。



水回り



アメニティ



内風呂



部屋付の露天風呂



イタリアのホテルグループ「チャーミングホテルズ」に加盟しているため

パンフレットが置いてありました。



ドア札のデザインがかわいいです



海に夕日が沈む様は感動的な美しさ



Barスペース(別の建屋)



Barの脇にはライブラリースペースもあります




 食事は専用の個室食事処「淡味 邪宗門」にて供されます。名前の由来はというと、宿名の由来になっている詩集「五足の靴」の著者のうちの一人、北原白秋の処女詩集「邪宗門」からきているとの事。

 

 前述の通り、食事時間が18時〜22時という非常に選択幅の広い中から選べて、しかも事前に時間指定せずに、好きな時間にふらっと訪ねればいいというのは利用者側にとって非常にありがたいシステムであります。

 なお、こちらの「邪宗門」はvillasA及びBの食事処であり、villasCは、また別に専用の食事処があるようです。


 さて、まずは夕食から・・・


こちらがvillasAとBの食事処となる「淡味 邪宗門」




北イタリアの修道院をモチーフにしているとか。

館内にはグレゴリア聖歌が流れており、雰囲気を盛り上げます。



長い回廊の突き当りには、これまた立派な聖マリア像が佇んでおられます




個室の窓からは、東シナ海が一望出来ます。

夕陽が沈む頃合を見計らって食事時間を選ばれることをお薦めします







まずは食前酒から



先付:

蛸、パプリカ、胡瓜、長芋の梅肉和え



天草大王(天草の地鶏)のささ身、葱、紅葉おろしのポン酢がけ




・・・この他に、先付にはもう一品「天領鯵、アスパラ、ラディッシュの土佐酢漬け」が出たのですが、写真を紛失してしましました。これが先付の中では一番美味しかったのですが・・・。


椀盛:

海老真薯の三つ葉のせ

上品な味付けながらも、素材の持つ甘みとほくほくの食感が美味




造里:

鯛、はまち、きびなご

ちょっと分かり辛いですが、手前左の四角い紫色のものは「トサカ海苔」という海草(既製品のワカメサラダなんかに良く入っている紫色のあれです)だそうで、煮た後冷やすとこのように凝固するとの事です。食感が非常に面白いです。

また、きびなごは酢味噌で戴きます。




窓の外は段々と夕陽に染まっていきます・・・




焼物:

赤烏賊、辛子蓮根、青唐

こちらは天然塩をつけて戴きます。なお、辛子蓮根は焼かなくても食べれます




このように目の前で網焼きします




煮物:

伊勢海老、温玉、小芋、南瓜、オクラ

かなり創作入っていますが、これは特に個人的には美味しかったです。煮物の味付けもかなりしっかりした味付けになっており、焼酎にマッチします




蒸鍋:

鮑の竹皮包み、玉蜀黍、トマト

こちらはポン酢、天然塩、肝醤油で戴きます。鮑は竹の香りが香ばしく、食が進みます。




ポン酢、天然塩、肝醤油



食事:

じゃこめし、アオサの味噌汁、香物

味噌汁は、地物の白味噌に赤味噌をブレンドしたものを使用しているとの事。竹ふえもそうでしたが、味噌に塩気があまりなく、その代わりに妙な甘さがあるんです。これが地物ということなんでしょうが、食べ慣れない自分にはちょっと不思議な感覚でした。



デザート:

フルーツみつ豆





続いて、翌日の朝食・・・


昨日の夕食と同じ個室にて戴きます。朝晩は出来れば違う個室を利用出来れば、もっと良いんですが・・・。なお、ご飯は白飯とおかゆのいずれかを選択出来ます。



豆腐

豆腐特有の甘みがあり、非常に美味しかったです




薬味(海苔、葱、かつお、生姜)



味噌汁

こちらも昨夜の夕食と同じく、独特な癖のある味噌を使用しています




鯛の刺身




出汁巻き




鯵の味醂干し

黒川温泉の竹ふえも朝食にこれが出ましたが、九州では味醂干しが干物としてはメジャーなんでしょうか(単なる偶然かな)?




大根の煮物

ごま油を使っているようです。中華風でしょうか。




香物




ちりめん山椒



ひじき



デザートはヨーグルト(マンゴーやキウイ等が入っています)





 北大路魯山人がこだわった、素材本来の味を活かすという考えを踏襲しており、食事処の「淡味」もそこからとっているそうで、当然味も薄味かと思ったら、そうでもなくて、やや意外でした。中には薄味のものもあるにはあるんですけど。ただ、素材の味を活かすというコンセプトは、きっちりと体現されていると感じました。

 素材やメニューは、基本的に地のものを地の味付けで供しており、個人的には好印象です。特に、刺身の美味しさはかなりのものです。肉料理が皆無であることからも、宿側も相当にこの点には自信を持たれているのでしょう。肉料理を排してまで地の食材に拘り、自信のあるもので勝負する姿勢、僕は大好きです。

 また、アルコール等の飲み物の種類が豊富なのも嬉しかったです。値段がちょっと高いですが。





石山離宮 五足のくつ(熊本・下田温泉)



熊本県天草市天草町下田北2237  

Tel:0969-45-3633

1泊(2名) @¥26400〜(今回利用の部屋B-1:@¥29550)

in 15:00〜/out 〜11:00 ※villasAのみ〜12:00))



石山離宮 五足のくつ http://www.rikyu5.jp/index.html