小屋場 只只(山口・大津島)


 山口県の大津島にある1日1組限定の宿。その景観の素晴らしさと1日1組という贅沢さから最近とみに話題になり、予約困難の宿の一つとして知名度を上げている宿です。

 そのモダンスタイルなハコモノはもとより、景観(特に夕景)を一目見てみたいとの思いから、行ってまいりました。




宿編  食事編  





プロローグ

 山陽新幹線を徳山駅で降り、駅から歩いて5分足らずの所にある徳山港フェリー乗り場から船に揺られること15分足らず・・・瀬戸内海に浮かぶ大津島は、その風光明媚さ、時間の流れも空気も緩やかな島ながら、思いのほかアクセスは良いのです。

 大津島というと、かの人間魚雷回天の実験・発射基地の島として有名であり、どちらかというとネガティブなイメージが先行する方も多いのではないでしょうか?


 人間魚雷回天とは、戦時中に敗戦濃厚となった日本軍最後の切り札として開発された兵器であり、人間一人が入れる魚雷で自分の命と引き換えに敵陣まで突っ込むという、特異な特攻兵器のことであり、その実験基地・発射基地がここ大津島にあったのです。一度乗り込んでしまえば、引き返すことも停止することも出来ないというこの兵器、つまり志願し乗り込むという行為自体が、その瞬間から自分の命の終わりを覚悟してのものなのです。この兵器により、20代の若者が実に400名以上亡くなっており、島には今でも基地跡や記念館等があります。2006年公開の「出口のない海」という映画はこの回天を舞台にした映画であり、ご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか?この映画のロケもここ大津島で行われたそうです。


 徳山港からは高速船とフェリーの2種類が出ており、それによって乗船時間もだいぶ変わってきます。高速船だと徳山港~大津島(馬島)が直行のため、わずか15分ほどで到着します。

 島につくと、まずは港のすぐ目の前にある、島唯一の食堂「野良の台所」へ行ってみることにしました。じつはこの食堂、小屋場只只のオーナーが営んでいる食堂との事で、宿の料理のレベル等を推し量る判断材料に多少はなるかな、等と思いつつ向かったのでした。

 島唯一の食堂ということもあり、船が着く時間帯には客でごった返します。おばあちゃん二人で切り盛りしているため、オーダー(といっても食券ですが)してから出てくるまでに、かなり待たされました。が、イライラや不快感などは全くなく、目の前に広がる瀬戸内海とおばあちゃんの愛嬌あるおしゃべり等を楽しみつつ、待ち時間も中々楽しませてもらいました。これも既に「島時間」のお陰で、気が長くなっているのでしょうか?

 まあ、食事に強いこだわりのある方、乗船前に本島で食べてきたほうが良いかもしれません。




駅周辺も非常に長閑な徳山駅



徳山駅から徒歩5分ほどで徳山港へ到着します。ここからは船に乗り換えます。



大津島まではフェリーと高速船の2種出ています。

これは高速船の「鼓海Ⅱ」。僅か15分ほどで島へ着きます。



島唯一の食堂「野良の台所」。小屋場只只のオーナーが経営しています。



「ねこまんま定食」。白飯に干物のほぐしたもの、鰹節、ねぎなどの薬味をかけた丼物です。

一緒についてくる島特産のひじきは中々美味しかったです。



食堂や定食の名前の通り、この島にはいたる所に野良猫がいます。



回天資料館。悲惨かつやりきれない歴史を再認識させられます。



人間魚雷回天の実物




 食堂を後にすると、宿で事前に申し込んでいたレンタカーに乗り込み、島を回ってみることにしました。このレンタカーですが、なんとミニモークなのです。この辺からもオーナーのこだわりが伝わってきます。ちなみにミニモークという車ですが、元々はイギリス軍の人員輸送用に開発された車で、ローバーミニの原型でもあります。90年頃までポルトガルで作っていましたが、今は生産終了となっています。

 島を走っているうちに、なぜレンタカーにモークを使用しているかがよく分かりました。前述のようにオーナーのこだわりという部分も勿論あるのでしょうが、それともう一つ、この島は道と呼べるほどの立派な道は皆無で、ほとんどが狭小・デコボコ道なのです。普通の車ではその性能を持て余してしまうでしょうし、大きさ的にも不便で仕方がないでしょう。そこで、この小さなモークであれば、まあ癖のあるMTながらも、取り回ししやすさという点ではメリットがあります。

 ただし、この島自体道があちらこちらで寸断されており、島1周は出来ません、少なくともわれわれ観光客には。ということで、モークを借りても、海沿いの快適なドライブなんて楽しむほどの距離もありませんので、1時間借りていれば十分かもしれません。僕は4時間も借りてしまい、暑さにやられつつ同じ道をぐるぐるしていましたが(笑)


レンタカーのミニモーク。当然ですがMTです。



他にも船レンタル(運転手付)等のアクティビティも宿にて用意されています。



宿へ・・・


 宿は港から車で数分の所にあります。島の集落へと続く急勾配の坂道の途中にあり、宿の裏手は山、道路を挟んで目の前は断崖からそのまま海へと続くロケーションであることに加え、宿自体が小高い丘の上に位置するため、宿からの眺望は抜群です。宿からは瀬戸内海と遠く九州が見えるのみで、右手には回天の発射基地跡も見えます。

 宿に着くと若い男性スタッフが出迎えてくれました。ますは部屋へ通されると、冷たい緑茶と島で採れた果物でもてなされます。何でも、この宿はこの男性と他に女性2名(ローテーション制のためお目にかかれませんでしたが)に老夫婦で運営されているそうで、老夫婦は野菜の配達や送迎・宿の掃除などを、この男性と他の女性スタッフで接客から調理まで一人でこなされているとのことです。まさにアットホームな家族経営といった感じでしょうか。

 建物はというと非常にモダンな造りで、外壁はコンクリートの打ちっ放しの平屋造りであり、海面は前面ガラス張り(1枚ガラス)となっており、この素晴らしい景観を存分に満喫できるようになっています。

 間取りは、ソファと暖炉のあるリビングと一段上がった所にキッチンとダイニングテーブルが、部屋の中央を貫く壁を挟んで向こう側にはベッドルームがあります。その他にはトイレ・洗面所と内風呂、建物の裏手には露天風呂と茶室・露天風呂用トイレがあります。何でも、二人の建築家をコンペ形式で競わせ、一人には宿本体の建物を、もう一人には露天風呂と茶室・露天風呂用トイレを手がけてもらったそうです。

 ちなみに、ここ大津島は採石地としても有名で、大阪城の城壁もここの石を使っているそうです。露天風呂にも島で採石された石をふんだんに使っています。

 また、部屋の隣にはギャラリースペースがあり、オーナーが見つけてきた陶磁器やファブリック、島の特産品・宿オリジナル焼酎等の販売物が陳列されています。その他、レコードやアンティークな小物等も飾られています。なお、部屋と内風呂にはCDプレーヤーが用意されており、こちらのギャラリースペースにあるCDを借りて聴くことも出来ます。

 こちらのギャラリースペースの奥には厨房や従業員用トイレ等があり、スタッフの方は夕食を食べ終わるまではこちらで調理作業をされています。夕食後は近くの自宅へ帰ってしまいますので、宿には誰もいなくなってしまいます。何か疑問点やお願いすることがある場合は、スタッフの方がいらっしゃるうちに言っておいたほうがよさそうです。


 部屋内に配置されている小物や調度品は、とにかくハイセンスの一言です。系統としてはヨーロッパのアンティーク物をメインに統一されています。これがモダンな建物と相まって、非常に良い雰囲気を醸し出していますが、外壁や建物の外観・材質などが非常にモダンな一方、内壁には土壁を用いるなど、無機的・冷たさと同時にそうした土壁等で温かみを出すことで、非常に良いバランスを保っていると感じました。


 また、夕食時にちょうど島へ遊びに来ていたオーナーが見えられ、素晴らしい夕景と美味しい食事のみならず、色々と貴重で興味深いお話を伺うことが出来ました。

 何でも、そもそもこのオーナーは山口で建築業やギャラリー経営等をされている方で、元々は別荘をこの島に作ろうとしていたそうです。この宿の先に集落があり、そこで物件を探しにきたが良い物件が無く、失意のうちに港へと戻る途中にこの宿がある場所(当時は畑だった)を通りかかった際にここから見たその夕景の素晴らしさに一目惚れし、すぐに地主のおばあさんに掛け合いに行ったそうです。しかし、場所を見つけたは良いがこの場所は調整区域のため、住宅を建てることが出来ない土地だったのです。そこで、役所に相談し、住宅ではなく飲食店や宿等観光客誘致に寄与するようなものであれば建築可能とのことだったので、宿を作ったそうです。でも実は、どうせお客なんて来ないだろうと思い、形だけ宿にし、客が来なければ自分の別荘として使うつもりだったそうです。それゆえ、宿自体もまるで別荘のような造りですし、建物自体にも一切の妥協を許さなかった結果、当初予算の3倍も費用がかかってしまったそうです。



宿へのアプローチには島特産の御影石を使ったアーチがあります(回天をイメージしているそうです)。このアーチといいロケーションといい、天草の五足のくつと似ていると感じたのは僕だけでしょうか?

この奥には人間魚雷回天の模型が飾られており、単なるモダンな宿ではなく、地域性や歴史認識ということも重視されているオーナーの意向が伺えます。また、宿はご覧の通り高台に位置するため、眺望は抜群です。



唯一ここが宿であることを示す看板です。看板の本体が錆びで風化しており、これがまたいい味を出しています。



宿はこのように平屋・横長の造りになっており、全面ガラス張りの部屋からはこの素晴らしい景観を存分に堪能できます。



入って最初にあるギャラリースペース。こちらは基本的に従業員の方が作業したりするスペースのようです(勿論こちらで土産物をあれこれ見たりと宿泊者も利用することが可能です)。



オーナーがセレクトしてきた土産物の数々。しかしかなり高価です・・・(それなりの価値があるのかもしれませんが)。



アンティークな三輪車や古びた椅子など、置いてあるものもいちいちいい味出しています。



ギャラリースペース全景。奥の扉が外へと続く扉、入ってすぐの所にはワインクーラーやレコード、土産物の陳列棚などが並びます。



ワインは夕食時にいただくことも出来ます。また、右手のラックにはCDが陳列されており、好きなものを借りて部屋や内風呂で聴くことも出来ます。



レコードプレーヤー。朝食はこのギャラリースペースのテラスでいただくのですが、このレコードプレーヤーで音楽をかけながらの優雅な朝食となります。ただ飾っているのではなく、きちんと古いものもこうして実際に使用されているのが非常に好感持てます。



こちらの棚には島の特産品や宿オリジナル焼酎などの飲食物関係の土産物が並んでいます。



宿オリジナルのポスター。これも売り物です・・・



奥左手の扉が客間へのもの、右手は厨房等のスタッフルームへと続きます。



こちらがリビングです。左手の扉がギャラリースペースとの扉になります。左手奥には一段高くなっており、キッチンがあります。



こちらのソファはフランスのアンティーク物で、オーナーが都内のインテリアショップの展示品を頼み込んで譲ってもらったそうです。かなり良いお値段するとか・・・



ソファ横の棚には雑誌や雑記帳と一緒に双眼鏡が2つ用意されています。眼前に広がる瀬戸内海をこれで見ていると時間が経つのも忘れてしまいます。



リビングは全面ガラス張りで眺望も抜群です。



部屋中央の壁は土壁で温かみがあります。また、冬場にはこの暖炉を実際に使用しているそうです。

なお、この壁の反対側がベッドルームとなっており、リビングとはこのように壁を隔てて繋がっています。



キッチンスペース。元々は別荘を想定して作られた建物であることがこのあたりからも伺えます。また、この宿は素泊まりも出来る宿なので、自炊する方もいるのでしょう。



キッチンの棚にはミニモークのミニカーが飾られています。オーナーのモークに対する愛着度の高さが良く分かります。



コンロではなく電磁式の簡単なものが用意されています。また、水は井戸水を汲み上げたものをそのまま使用しており、水道からも井戸水が出てきます。何でも元々は温泉が出ると思って掘削したら、温泉は出なかったものの、井戸水が出てきたんだそうです。勿論、役所の許可を取っていますので、衛生面でも問題ありません。



籠の中にはコーヒーとお茶のセットが用意されています。



冷蔵庫の中には無料のウーロン茶(125ml缶)が2本と、井戸水を冷やしたものが用意されています。簡単に外に買いにいける場所ではないことを考えると、有料でも良いのでアルコールやジュース類等の飲み物を充実して欲しいところです。到着してからすぐにスタッフの方にビールを頼んだのですが、忘れてしまっていたようで・・・接客から夕食まで一人で大粒の汗を流しながら忙しそうに動き回られているのを見ると催促も出来ず・・・。



リビング中央の土壁の向こう側はベッドルームとなります。



窓際には椅子が配されます。このテーブルも、実はテーブルではなく古めかしい木箱をテーブル代わりに使っています。



窓際の椅子のすぐ後ろには書籍が置かれています。絵本や写真集に加え、回天を舞台にした漫画も置かれています。



ベッドからも瀬戸内海が良く見えます。寝転がりながら海を眺められる・・・とても贅沢な空間です。



ベッドの大きさも申し分なく、この微妙な低さが妙な安心感を与えてくれます。おかげさまで熟睡できました。



ベッドサイドのスタンドはアンティークなものかと思えば、その傍に置かれている時計はヤコブイェンセンだったりと、モダニズムとノスタルジーの融合がそこかしこから伺えます。



ベッドの傍にはこのような簡単な机もあります。本は宿が載っている雑誌や回天の歴史に関する書籍が多くあります。



上に写っている小さなディスプレイはテレビです。しかも、このようにモニタ部を取り外して持ち運びできるので、好きな場所でテレビを見ることが出来ます。また、DVDプレーヤーも備わっており、回天のDVDも置かれています。オーナーの歴史を再認識して欲しいという願いが良く伝わってきます。



ベッドルームの隣は洗面所と内風呂・トイレになっています。天井もガラス張りとなっており、採光性が非常に高いです(その代わり非常に暑かったですが)。



トイレはタンクレスタイプ、勿論ウォシュレット完備です。



スイッチも非常に凝っています。



天井がガラス張りで室内はとても暑いので、大型の海外製扇風機が置かれています。

非常に好きなデザインです。



蛇口もアンティークなものを使っています。



アメニティも男性用と女性用とでわかれています。この宿オリジナルの袋が中々可愛いです。



奥には内風呂が続きます。なお、この島は温泉が出ないため、残念ながら温泉ではありません。



前面はガラス張り、壁面には窓、天井もガラス張りのため、内風呂ながらかなりの

開放感があります。



そしてなんといってもこの景観です。湯船の水平線が瀬戸内海の水平線とシンクロするよう計算されています。



上述のようにシンクロさせるため、湯船には座面と背面に木を持ってきており、背面の傾斜等もかなり計算されていると感じました。



シャンプー等は市販のものです。



風呂には防水CDプレーヤーが置かれており、音楽を聴きながら風呂に入ることが出来ます。



こちらは建物裏手にある露天風呂へと続く階段です。



建物の屋根にあるこの煙突は、回天の潜望鏡をイメージしているそうです。


こちらが露天風呂です。島特産の御影石を惜しげもなく使っています。なお、林の中にあるので、虫等も沢山おり非常に野趣溢れる環境にあります。


御影石の中に五右衛門風呂を埋め込んでいます。この下に穴が開いており、実際に薪で沸かしています。なお、上述の通りこの島は温泉が出ないので、露天風呂も温泉ではありません。



露天風呂は建物よりも高台にあるため、更に素晴らしい景観を堪能できます。(僕は夜は利用していませんが、)夜は月明かりだけで入浴できるそうです。



露天風呂のすぐ脇にはこのような小屋があります。



小屋はこの茶室とトイレからなっています。露天風呂利用時の着替えはこの茶室でします。


茶室の隣にあるトイレ。


宿の前面部はデッキ続きとなっており、そこに様々な椅子が配置されています。なお室内は禁煙なので、喫煙する方はこのデッキかギャラリースペースですることになります。



すぐ向こうには人間魚雷回天の発射基地跡が見えます。これもオーナーの拘った点だそうです。



反対側の向こうには、非常に透明度の高い海水浴場が見えます。



内風呂を外から見るとこんな感じになります。



オーナーが一目惚れしたこの絶景。瀬戸内海には大小多くの島があり、それらが遮蔽物となり夕陽が沈むルートに被ってしまうことが多いのだが、ここはちょうど夕陽が沈むルートに遮蔽物となる島がないため、夕景がとても綺麗なんだそうです。



目の前の庭(というか傾斜地)には「月見台」なるものがあります。照明や机等があり、月が綺麗な夜はここで月を眺めても良いんだそうです。



デッキの椅子に座りながら夕景をぼんやり眺める・・・贅沢な時間です。